

ICOMOSまで警告を出した神宮外苑の樹木伐採問題。人間が「問題」と捉えたものはたいてい「解決」できるという話を聞いたことがあります。「解決」できないものは「運命/宿命」と捉えるからだそうです。
直接的につながっているかは皆さんの判断次第ですが、以下の問題意識から9月24日の企画が展開されますので、改めてお知らせします。いつもの仲間と新たに関心を示してくださる方々に支えられて、今回ももう少しで満席です。
「いつまで東京、ソウル、シンガポールは大型事業の再開発を進め、どこに行っても同じ景色の画一社会を生み出し、またどこに行っても同じ商品を販売する消費社会を助長すれば気が済むのだろうか」。そこからコミュニティの交流と対話、信頼は生まれるのか。
本屋や文房具、喫茶店、銭湯、公園など街場の生活文化を支えてきた場(間)が失われ、対話や居場所が失われつつある。そこにしかない資源や物語が、フランチャイズ化された商品などに置き換えられる。どこに行っても同じ「スマートシティ」を掲げたり、一部の富裕層のみが喜ぶ高級な設備をつくるよりも、レトロ風の街場固有の文化を保ち、人々の姿を保存したり再発見するほうが付加価値の高い、都市の魅力とプライドになり得ると考える。そこにしかない、暮らしを守るのである。
そのような街場の記憶や記録を再開発の際に取り組む場合もあるが、演出されたレトロはどこか疑似的であり、物語の主体性が見えてこない。画一化、均質化、環境美化、区画整理、経済成長などのキーワードに塗り替えられてしまいがちな街場のアイデンティティを如何に保存し、また再発見するかが問われている。地元の街場の個性が無くなり、タワーマンションとショッピングモールをひな形とした消費主義が進むことへの歯止めが必要である。











